「生きる」を支える
健康セレクトショップ
健康になること。それはゴールではなく、人生を楽しむための手段です。
私たちは、病気を治すことだけにとどまらず、より豊かな「生きる」を支えたい。病気とではなくひとりひとりと向き合い、その人がその人らしく毎日を楽しめるようサポートする薬局でありたいのです。
健康に生きる。家族と生きる。美しく生きる。
多彩な「生きる」を支える、さまざまなアプローチを揃えた健康セレクトショップとして。屋嘉比薬局は、これからもみなさまの健康づくりに力を尽くしていきます。
健康に生きる
いつまでも元気に、充実した毎日を。治療のサポートはもちろん、未病のケアや病気にならない体づくりまで、幅広く健康を支えます。
家族と生きる
家族の幸せは人生の幸福につながるもの。妊娠や出産、子育てからその後まで、ライフステージに寄り添い家族の健康を共に支えます。
美しく生きる
自分らしく、生き生きと輝いて生きるために。体の中から美しくみちびくさまざまなアプローチで、アクティブな体づくりを支えます。
ごあいさつ
屋嘉比薬局は、私の祖父が1952年に開業しました。
私は小さい頃その薬局の上で生活しており、学校から帰ると薬局の黒糖をつまみ、薬局で過ごしていました。そして家族のようなスタッフや、なじみのお客さん、出入りしていた業者さんなど、いろんな方々に可愛がってもらったことをよく覚えています。
1980~90年代頃の薬局は非常に活気があり、お薬を受け取る患者さんのほかにも、日用品を買うお客さん、市場での買い物帰りやバスの待ち時間に寄る人たちなどで、いつもにぎわっていました。
当時、薬局は、誰もが気軽に立ち寄って、気心の知れたスタッフに世間話とともに気になる症状を相談する「まちゃぐぁ~(沖縄の方言で、町の交流場・人の集まる場所のこと)」でありました。
最近では、病院付近にある門前薬局が増えたこともあり、薬局は“処方せんを渡し病院の薬をもらいに行く場所”という印象を持っている方が多いのではないでしょうか。
しかし、私が屋嘉比薬局の在るべき姿を考えたとき、最初に思い描くのは、やはり古き良き薬局の在り方なのです。
気軽に訪れて健康についての情報交換ができる「まちゃぐぁ~」であることをたいせつにしたい。そして、調剤を行なうだけではなく、薬の専門家として健康を共に築いていく一番身近な医療提供施設でありたい。
そのような場として地域で愛される「かかりつけ薬局」を目指し、私たちは成長し続けていきます。
屋嘉比薬局 薬剤師 屋嘉比康作
プロフィール
1981年、沖縄県名護市に生まれる。
東江小学校、日向学院中学校・高等学校(宮崎)、第一薬科大学(福岡)卒業。東京にて、大手ドラッグストアおよび在宅医療を手掛ける調剤薬局に勤務。
2009年、屋嘉比薬局に入社。
小学生のとき図書館で見つけた薬草図鑑で、どこにでも生えている野草が人を元気にする力を持つことを知って驚き、薬草や薬に興味を持つとともに薬剤師を志す。
大学在学中に花粉症を発症。アレルギーを治す薬はないと医師に言われて衝撃を受け、代替医療や食に興味を持ち始める。
その後、調剤や在宅医療に従事しながら、自身の睡眠障害や妻の産前産後トラブルをきっかけに、本格的に東洋医学や食事療法を学ぶ。それらを実践して不調が改善した経験を活かし、現在、漢方薬や自然食品を中心とした「薬に頼らない体づくり」を提案している。
三代目として屋嘉比薬局を引き継ぎ、薬剤師として薬で地域の医療を支えることによろこびを抱きつつ、ひとりひとりの「生きる」を支えるさまざまなアプローチを吟味し幅広くご提供できるよう奮闘中。二児の父。2019年5月「ラジオ 運命図書館」出演。
趣味
ランニング、子どもたちとのお散歩、薬酒づくり(名護市営市場2階『居酒屋ぽこぽん』でコラボ薬酒提供中!)、キャンプ(キャンピングカーでの出張漢方相談も計画中)
屋嘉比薬局の歩み
1952年(昭和27年)、戦後間もなく医療物資の足りない時代に開業したまちの薬屋は、卸業として沖縄県北部の医療機関を、また小売業として地域の方々の健康を支えました。
医薬分業が始まった1970年代、北部で最初の処方せん調剤を行なったのを皮切りに調剤事業を開始。
2009年からは北部で初めて薬剤師の訪問服薬指導(在宅医療支援)を始め、地域の医療や介護に取り組んできました。
そして、2017年より漢方相談をスタート。「薬に頼らない体づくり」をテーマに、ちょっとした体の不調から長年抱えたお悩みまでひとりひとりに寄り添ってお応えし、より深く幅広く健康をサポートしています。
名護十字路で70年余り。屋嘉比薬局は、これからもみなさまに頼られ愛される薬局を目指してまいります。
創業当時の屋嘉比薬局